左右盲その①

発達障害

左右盲

左右盲とは、左右がわからないのではなく、左右の判断が瞬時にできない、左右の判断に人よりも時間を要する状態のことを言うらしい。時間を要するといっても、数秒くらいだと思います。

私が、この言葉を知ったのは20代後半か30代頃。

そして、何を隠そう、私は左右盲

左右盲は、明確な原因は解明されていないらしい。左利きを右利きに矯正された場合に多く起こると言われているようですが、私は生まれてこの方、生粋の右利きです。

左右盲は、「発達障害とは直接的な関係はない」とも言われているようですが、左右盲当事者である私の感覚としては、発達障害(学習障害など)と関連しているのではないかな、と感じる。

左右盲、私の人生は結構これに多大なる影響を受けている。社会の中では困ることがたくさんある。左右が瞬時にわからないことでトラブルになることもたくさんある。

例えば、学校での視力検査

小学校低学年までは、視力検査で「C」の穴あきを答える時、指差しだった。しかし、高学年ごろから、指差しで答えると「もうお姉さんなんだから右左みぎひだりで答えて。」と言われ、焦るし辛いし、視力検査は地獄だった。きちんと見えているのに、左右が瞬時に正確に言えないため、見えていないと診断される。”私の、このタイムラグは、見えていないからじゃなくて、左右を考えているんだよ(涙)”と何度訴えたかったか。しかも、左右がすぐに言えないことが恥ずかしくて「見えているけれど左右が瞬時に言えない」という事実を言えなかった。。。。

もちろん、学校での日々の先生からの指示にも一苦労。

「教科書右の~を見て下さい。」やら「左から○○番目の~」やら、体育の授業での右左の移動指示などなど。

大学生の頃は、免許を取る時も大変だった。

教官との運転の実技訓練や路上テスト。教官が一緒に乗っているだけでも緊張するのに、その状態で、左右の指示と闘わなければならない。あっちこっちと指差ししてくれないかと、心の中で何度願ったことか。

そして、就職して、販売の仕事をしていた時も、背筋が凍る思いをすることが多々あった。

レジ当番の時、お客さんから、「後ろの棚の右側の○○を下さい。」と言われたり、「○○はどこにありますか?」と聞かれたりする。そんな時、緊張がはしる。「ああ、左右の出番がきた、、、」と。

レジの時は辛い。左右の判断だけでも大変なのに、お客さんから見ての左右を考慮して答えないといけないから、私的にはプチパニック。しかも、そのお店は駅ビルの改札真横にあったため、朝夕のラッシュ時はレジが大行列だし、お客さんもイライラしている。イライラしているお客さんは、私が間違えたりまごつくと、「チッ、そっち、左じゃなくて右だよ。」と使えない私に露骨に嫌な態度。後ろで待っているお客さん達の視線も痛い。私は、申し訳なさで、いたたまれなくなる。

商品の場所を聞かれた時も、「右側奥のXXにございます。」のように言えれば良いが、左右に困難があり即座に言えないので、お客さんを連れてそこまで案内する。

こうして、日々、左右盲から生まれる小さいストレスと緊張の中仕事をしていた。

そして、基本、車の運転は左右盲に大変なことが多いが、特に嫌なのが車のナビ

ここでいう、車のナビとは、私が助手席に乗り、ドライバーに道案内をすることをさす。今でこそ、カーナビや携帯のナビ機能などで、助手席に乗った人が道案内して左右指示する機会はだいぶ減ったけれど、私が大学生の頃は携帯にナビ機能はない上、カーナビもそこまで一般的ではなかった。

大学時代、上京し一人暮らしを始めた私。上京してすぐ、父が車で実家から私のアパートに来ることになった。父は私のアパートに来るのは初めてだった。父は最寄り駅まで来ると、私を助手席に乗せ、私にアパートまでのナビを頼んだ。

私は当時、親にも左右盲を言えなかった。更に、父はせっかちな上、運転中に指差し指示で「あっち側、こっち曲がって」と指示すると、「運転中は前を向いているんだから左右で言え!」と怒り出す。地獄だ。。。でも、左右盲を必死で隠している私は、断ることもできず、やるしかなかった。

私も上京したばかりで慣れない東京。そもそも、道も交通ルール(どこが一通か、などなど)も全く把握していない。その上、東京の入り組んだ細い道、激しい交通量。そこに私の左右盲。

「右っ、あっ間違えた、左かも、ここは一通だ、あっあっ、、、(父が怒り出さないかビクビク。。。)」

そんなこんなで、父は車とぶつかりそうになり、事故寸前だった。そして、むろん「しっかりしりろ!」と怒られ、心から、泣きたかった。できないって、本当は言いたかった。でも言えなくて、悲しくて辛かった。

車のナビ(道案内)なんて大嫌いだ。できないことをお願いされて、怒られる。辛かった。ナビが気軽に使える今のテクノロジーに心から感謝。

思い出そうと思えば、左右盲エピソードはまだまだある。けれどあまりにも日常に左右トラブルが溢れすぎていて、思い出せない。

小中学校では、周りの人の動きを見て確認してなんとか対応してみたり、うっかり間違えた風を装ってごまかしてみたりして左右盲を隠してきた。20代後半に左右盲という言葉を知るまで、あの手この手で、左右がわからないことを隠すのに必死だった。周りから馬鹿だと思われたくなくて、隠すのに必死だった。

たぶん、自分自身が一番自分のことを「馬鹿で恥ずかしい」と思っていた。「努力が足りないからだ」と、自分を否定していた。常に、なぜ皆、左右がとっさにわかるのだろう、と不思議でならなかった。どんなコツがあるのだろう、といつも不思議だった。今でも不思議です。

今は私の左右盲について家族も知っている。家族にどうして瞬時に左右がわかるのかを質問してみた。すると、「上下はすぐにわかるでしょ?左右もそんな感じでわかる。」と言われ、「ああ、確かに。上下は考えることなく感覚でわかる。」と妙に納得。

そして考えた。なぜ、左右はすぐにわからないのに上下はわかるのか?上下は対称じゃないことが多く、そして空・頭(上)と地面・足(下)、または重力などとわかりやすい絶対的指標があるから、上下はわかるのかもしれない。

苦労はするが、たかが、左右盲、と思いたい。ところが、左右盲で命の危機に瀕することは日常、人生の中で結構ある。

色々なシチュエーションを妄想して、ふっとそんなことを思ったりする。(詳細は、また別の機会に。)

当たり前のようだけれど、左右が瞬時にわかるってすごいことです。

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