学校と集団

現在中学生の息子ポポは、小学校があまり好きではありませんでした。

私自身も学校が苦手でしたし、
私の姉と妹も同じでした。
だから、ポポの気持ちがとてもよくわかります。

一方で、小学生の娘ヒポは学校が大好きです。
週末が来なければいいのに、と思うほど学校を楽しんでいます。
そんなヒポの姿を、私は驚きと新鮮な気持ちで、
うれしく眺めています。

アメリカの中学校は、少し大学に近いところがあるように感じます。
ポポの中学校では、学年全体が大きく二つのグループに分けられています。
グループごとに時間割が組まれ、さらに選択科目もあるため、
ずっと同じ固定のクラスメイトと授業を受けるわけではありません。

ポポは中学生になってから、
人間関係のストレスがかなり減ったようで、
小学校の頃より楽しそうに過ごしています。
(ただし、今度は宿題が増え、それが新たなストレスになっているようですが。)

そんなポポの姿を見ていると、
私は強く共感することが多いです。

私は集団が苦手です。
集団になると、人は変わってしまう。
もちろん、それは自分自身にも当てはまることで、
個人のときと集団のときで行動や発言が変わるのは、
ある意味自然なことだと思います。

けれども、集団心理に合わせたり、
集団の流れや空気を読み、
受け入れてもらえるように振る舞うことが、
どうしても苦手なのです。

集団の上下関係も苦手です。
集団の中のヒエラルキー、
先輩後輩、
そういったものが本当に苦手です。

そのため、同じ集団の中で毎日過ごすことに、
私は強い不安や恐怖を感じてしまいます。
学校や会社など、毎日同じ人たちと近い距離で過ごすという環境が、
とてもつらいのです。
日本の小中学校や高校のように、
ずっと同じクラスメイトと一日中一緒にいるという仕組みは、
私にとっては特につらいものでした。

いわゆる、社交不安障害なのかもしれません。

決して人が嫌いなわけではありませんし、
人と関わりたくないわけでもありません。
人と話すことは好きですし、
楽しいとも思っています。

ただ、集団の中で
迷惑をかけていないか、
おかしな行動をしていないか、
空気を読めているか、
浮いていないか。
そんなことを考え続けて気を張ることに、疲れてしまうのです。

さらに、その不安が伝わってしまい、
周囲にどこかぎこちない空気を生み、
結果的にますます浮いてしまう。
そんな負のループに陥ってしまいます。

たとえ無事にその場をやり過ごせたとしても、
後から「本当に大丈夫だったかな」と一人反省会が始まります。
この繰り返しに、心がすり減ってしまうのです。

だから私は、
空気のような存在でいたいと、
よく思っていました。

存在は受け入れられているけれど、
目立たず、注目されず、
嫌われることもなく、
特別扱いされることもなく、
ただ、安心してそこにいられる。

大学生になってから、私はだいぶ楽になりました。
集団が苦手なことは変わりません。
それでも、環境を自分で選べるようになり、
偶然同じ場所に集められた誰かと
ずっと一緒にいなければならない時間が減ったことで、
息がしやすくなったのだと思います。

小学校時代、ポポは
「自分には価値がない。
周りの人は僕をちっぽけな存在だと思っている。
誰も僕に価値を見出してくれない」
と、よく泣いていました。

そんなポポに私は、
「今はつらいかもしれないけれど、
大人になるにつれて、自分で環境を選べるようになる。
いろいろな価値観があることを、自分も周りも理解できるようになる。
だから、今よりきっと楽になるよ」
と言い続けてきました。

今でも大変なことはありますが、
私は学生時代よりもずっと楽に生きられていると感じています。
だからこそ、本当にそう思えるのです。

ポポも成長するにつれて、
心穏やかに過ごせる場所が、
少しずつ増えていくといいなと思います。

学校に毎日通うこと。

それだけでも、すごいことだと思います。

当たり前だと思われていることほど、
本当はとてもすごいことなのだと、
いつも感じています。

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