神経発達症(発達障害)との出会い

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
去年のおみくじは凶でした。
ところが一転、昨年末にフライングで引いた今年のおみくじは大吉。
良い年になるといいな、と思っています。

今回は、私がどのようにして
神経発達症(発達障害)を知ることになったのか、
そのきっかけについて書いてみようと思います。

神経発達症(発達障害)を知ったきっかけ

私には、姉と妹がいます。
私や私たち家族が、神経発達症(発達障害)という言葉を知ることになったのは、この姉と妹の存在があったからです。

妹は、さまざまな葛藤を抱えながら20代半ばを迎え、
ようやくASD(自閉症スペクトラム)と診断されました。
当時の診断名は「高機能広汎性発達障害」。
知的な遅れや言語の遅れのない、
いわゆるアスペルガー症候群にあたるものです。

妹が診断を受けるきっかけを作ったのは、姉でした。

姉は、妹の葛藤や、
家族の中で起きていたさまざまな問題に向き合う中で、
「なぜ、こんなにも生きづらいのか」
その理由を知りたいと思うようになり、心理学の道に進みました。

そこで姉は、神経発達症(発達障害)という概念に出会います。
そして、我が家や妹が長い間抱えてきた生きづらさの理由が、
この“偏り”から来ていることを、
とても長い時間をかけて、私たち家族に伝えてくれました。

姉がこの話を初めてしてくれたのは、今から25年ほど前のことです。
日本で「発達障害」という言葉が、
今のように一般に広く知られる、ずっと前のことでした。

名前のない、正体不明の生きづらさに、はじめて名前がついた時。
私たち家族全員、ショックというよりも、
目からうろこが落ちたような納得感と、
胸の奥でほっとするような、言葉にならない気持ちがわき上がりました。

もうこれ以上、誰のことも攻めなくていい。
誰のせいでもないんだ、と。

幼少期の家族関係

私の家族や親族は、ユニークな人が多いです。
良くも悪くも、クセが強い。
もれなく、たぶん私も。
そして、比較的知的に高い傾向のある家系だと思います
(私はたぶん、平均的ですが)。

ただ、クセが強いぶん、揉め事も多く、
ふんわり温かい家庭とは、正反対の空気が流れていることも少なくありませんでした。

小さい頃、私はよくこう思っていました。

「偉くなくてもいい。
お金持ちじゃなくてもいい。
ただ、プレッシャーや言い争いのない、
穏やかな“普通の家”に生まれたかった」

特に、小学4年生(10歳)から高校生(18歳)までの8年間は、
私にとって最大の暗黒期だったように思います。

「別の世界へ行きたい」

そんなことを、何度も考えていました。

今振り返ると、それは家族間の問題だけでなく、
私自身が社会に適応しにくかったことも、
大きな理由だったのだと思います。

前提として。
父も母も、姉も妹も、そして私自身も、みんな変わっている。
それぞれが複雑な思いや過去を抱えています。
それでも私は、みんなが大好きです。
どんな形であれ、幸せでいてほしいと思っています。
そして、いつまでも仲良くいたい、と。

私は幼い頃から、生きづらさを感じていました。
でも、外でも家でも、特に目立つ問題児というわけではなかったと思います。

外では、勉強もそこそこできる、真面目で大人しいタイプ。
一方、家では、要領が悪く、何をやってもいまいちなマイペースで泣き虫な次女。そんな子どもでした。

だから、家や親族の集まりでは、
上げ足を取られないように、
バカにされたり恥をかかされたりしないように、
本来の自分を隠し、いつも虚勢を張っていました。

姉と妹という存在

1学年上の姉と、2学年下の妹。

姉は、明るくて誰とでも仲良くできて、
賢く、美人で、要領がよく、意志が強い。
頼りになる、優しい人。
周りから一目置かれる、自慢の姉でした。
私とは、まるで正反対の存在です。

妹は、天才肌で、自分を曲げず、流されず、
自分の正義を貫く末っ子。
姉のことは尊敬しているけれど、
私のことは、不出来な人間だと思っている。
家族だけれど、「妹」という感覚を持ちにくい、
不思議な存在でした。

姉とは、小学校低学年の頃から、
大きな喧嘩をしなくなりました。
ある時を境に、姉は達観したように、
いろいろなものを私たち妹に譲るようになったのです。
今でも、その姉の変化と変化への驚きをはっきりと覚えています。

未熟だった私は、妹とはしょっちゅう喧嘩をしていました。
そんな私は、妹を可愛いと思いたくても思えず、
「妹って、なんだろう?」
そんなことを、何度も考えていました。
妹と仲良くできない未熟で愚かな自分を恥ずかしく思い、
仲の良い姉妹を見ると、うらやましく思ったこともあります。

妹の問題行動

私と姉は、素行に多少難があっても学校に呼び出されたり、
先生から電話がかかってくるような問題はありませんでした。(多分。。。)
けれど妹は、小学校4年生頃から、
少しずつ学校でトラブルを起こすようになっていきました。

給食中に友達と喧嘩になり、
怒りのあまり、はし箱ではし箱が割れるほど
相手の頭を叩いてしまったこと。

先生ともめて教室を追い出され、
怒ってカバンを教室に置いたまま帰宅し、
そのまま登校拒否になったこと。

教室でコソコソと妹の悪口を言っていた子に
「コソコソ悪口を言うな」と言い、
クラスメイトの前で相手の顔に平手打ちをしてしまい問題に。
その後、謝ろうとして待っていたら、
「待ち伏せされて怖い」と先生へ報告され再び問題になったこと。

そんなことが、いくつもありました。
いじめに遭うことも、度々ありました。

妹の話を聞くと、
その行動には、妹なりの正義があったことがわかります。
もちろん、妹側の話だけなので、
偏った見方だとも思います。
普段の妹の態度を見ていると、
ストレスをためる相手の気持ちも理解できます。

それでも、自分勝手に私はいつもこう思ってしまうのです。

「私が妹に悪態をつくのはいい。
でも、他人が妹を傷つけるのは、許せない」

どれだけ問題を起こしても、
どれだけ強くても、
妹は時々、ふとした瞬間に
「本当は、人とうまくいかないことがつらいんだな」
と感じさせる顔をします。

そんなとき、胸がぎゅっとなります。
どんなに揉めても、
うまくいかなくても、
私にとって妹は、
やっぱり、大切な家族なんだと感じます。

ずっと世の中と闘い続けてきた妹。
妹は、私や家族に、たくさんのことを教えてくれました。
今の私自身にも、
そして、私の子育てにも、
とても大きな影響を与えています。

妹、姉、
そして不器用ながら必死に育ててくれた父と母に、
心の奥で、いつも「ありがとう」と思っています。

親になってみて、
不器用な自分が、不器用な夫と、
不器用な子どもたちを育てながら、
「家族」という形を作っていくことが、
決して当たり前ではないと、身に染みて感じています。

家族を作ること。
家族でい続けること。

それは、本当にすごいことだなと思います。

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